前回からの変化

前回(2026-09-03)との比較。

変わったこと(変化・新規)

  • 前回はAIエージェント専用の検索基盤「Keenable」、売却しない事業承継モデル「Hinoki」、全身MRI予防医療「AI Dock」の3件だったが、今回はいずれも継続話題ではなく、浮体式の小型原子炉で電力を届ける「Bluecore Energy」、高級ブランドと同じ工場から直販する「Atorie」、AIネイティブなホテル運営から外販プラットフォームへ転じた「10pct.」という顔ぶれに全面的に入れ替わった。
  • 潮流欄も、前回のAIエージェントが事業運営を代行する範囲拡大(Runable)という話題から一転して、今回は「AIに何でも任せる」流れへの揺り戻しとして対面体験を作る「together tech」の潮流を取り上げており、テーマの方向性自体が変わった。

前回と同じこと(継続)

  • 「AI活用が新しい事業の土台になる」という大きな方向性は前回から続いている。前回のKeenableがAIエージェント向けの検索インフラだったのに対し、今回はBluecore Energyの電力供給先の一つがAIデータセンターであり、AI関連インフラへの投資熱がエネルギー分野にまで波及する形で継続している。

要因の連続性

  • 継続要因: AIデータセンターの急拡大に伴う電力・インフラ需要が、前回のKeenable(検索インフラ)に続き、今回のBluecore Energy(電力インフラ)の資金調達を後押ししている。
  • 新規要因: 今回新たに、物価高を背景にした「本物を安く買いたい」という消費者心理(Atorie)、宿泊施設のノウハウをシステムとして外販する動き(10pct.)、AI偏重への反動としての対面回帰志向(together tech)が話題化の要因として加わった。
  • 解消した要因: 前回話題の中心だった「後継者不在による事業承継ニーズ」(Hinoki)は今回は取り上げておらず、話題としては後退した。

今週の概観

今週の新ビジネスウォッチは、「AIをインフラの奥深くまで組み込む動き」と「AIに疲れた反動としての対面回帰」が同時に進んでいる点が目立った。米国のBluecore Energyは、港湾やAIデータセンター向けに浮体式の小型原子炉で電力そのものを届ける事業を立ち上げ、Atorieは高級ブランドと同じ工場から消費者に直接商品を届けるAI活用のアパレルブランドとして急成長している。国内では、AIネイティブにホテルを運営してきた10pct.が、自社の運営ノウハウを他の宿泊施設向けのDXプラットフォームとして外販する事業へ舵を切った。あわせて、対面でのゲーム体験を提供するBoardなど、AIに任せきりにしない「together tech」と呼ばれる潮流にも触れる。

新ビジネス特集

1. Bluecore Energy(米国)— バージに載せた小型原子炉で電力を「配達」する

何をするビジネスか Bluecore Energyは、米カリフォルニア州ロングビーチ港を拠点に、バージ(平底の艀)に小型モジュール原子炉(SMR)を搭載し、港湾やAIデータセンター、送電網が届きにくい沿岸コミュニティに電力を供給する企業である。軽水炉技術を用い、初期設計では出力約10メガワットの継続発電を想定し、数年単位の連続運転が見込まれている。

何が新しいのか 従来の原子力発電所は、建設に数年から十数年を要する巨大な固定式施設が前提だった。Bluecore Energyは、米海軍が70年近く運用してきた艦艇搭載型原子炉の技術を民生用に小型化し、バージごと海上輸送することで、電力インフラを「数年」ではなく「数日」で必要な場所に届けられる点が新しい。送電線の増強を待たずに、浮体式原子炉から海底ケーブルで直接電力を届けるという発想も、従来の発電所立地の考え方とは異なる。

ビジネスモデル 港湾・AIデータセンター・離島など送電網の増強が追いつかない立地の顧客に、海上に浮かべた発電設備から海底ケーブル経由で電力を供給する。具体的な料金体系は非公表である。

状況 2026年9月8日、Silverton Partners主導のシードラウンドで、超過応募のうえ5000万ドルを調達したと発表。2026年初頭の1000万ドルのプレシード(Slauson & Co.、Harlem Capital、Ripple共同創業者のChris Larsen氏らが参加)と合わせ、累計6000万ドルの調達となる。創業者兼CEOはKofi Asante氏で、2026年初頭に創業した。米原子力規制委員会(NRC)・沿岸警備隊との規制協議を進めている段階で、燃料を装填した原子炉本体はまだ完成しておらず、商業化には数年を要する見通しである。カリフォルニア州の新規原子力発電に関する規制への対応や、部品調達網の確保が今後の課題という(同社CEO)。 (公式: Bluecore Energy / 出典: The Register - Floating nuclear startup Bluecore lands $50M funding before setting sail)

2. Atorie(米国)— 高級ブランドと同じ工場から「ブランド代抜き」で届けるアパレル

何をするビジネスか Atorieは、AIを活用したアパレルブランドで、高級ブランドの製品を実際に製造している工場と直接提携し、同じ素材・同じ職人技で作った革製バッグや衣類を消費者に直接販売する。イタリア製レザーハンドバッグなどを、数千ドルする有名ブランド品に対し数百ドル台で提供している。

何が新しいのか 従来の安価な代替品(いわゆる「デュープ」)は、高級ブランドの意匠を模倣した別物の量産品にすぎなかった。Atorieは、実際に高級ブランドを製造している工場そのものと提携し、同じ素材・同じ職人技で作った「本物」を、ブランドの看板料と流通マージンを除いた価格で届ける点が新しい。AIで流行や色味を分析し小ロットで生産することで、過剰在庫のリスクも抑えている。

ビジネスモデル 自社ECサイトでの直販(D2C)。40以上の高級製造工場と提携し、ブランドを介さず消費者に届けることで、数百ドル台の価格を実現している。

状況 2026年8月、a16z speedrun、Night Capital、Lightspeed VenturesのJeremy Liew氏らから950万ドルのシード資金を調達したと発表。共同創業者はRedouane Ramdani氏(前職はSnipfeed創業者)とLuis Angulo氏。2025年通期の売上は約500万ドルで、2026年は年換算5500万ドル超を見込む(同社発表)。物価高を背景にした「本物志向の節約消費」を取り込む一方、高級ブランド側からデザインの酷似を理由に異議が出る可能性は、今後の懸念点として残る。 (公式: Atorie / 出典: TechCrunch - Fashion startup Atorie raises $9.5M to bring consumers luxury goods without the markup)

3. 10pct.(日本)— 自社ホテル運営のノウハウを他施設に外販するAIネイティブ経営

何をするビジネスか 10pct.は、京都・白馬・水上温泉などで宿泊施設の再生・運営を手がける国内スタートアップである。独自開発の予約エンジン、需要予測、自動料金調整システムなど、AIとデータを活用して宿泊施設の経営そのものをデータドリブンに行う。

何が新しいのか 従来のホテル運営会社の多くは、運営受託や自社ブランドの展開によってホテルの「数」を増やすことに主眼を置いてきた。10pct.は、自社運営で培ったノウハウとシステムを、他の宿泊施設向けの経営DXプラットフォームとして外販する事業へ転換した点が新しい。加えて、「ホテルを増やす」のではなく「観光地となるエリアそのものを増やす」ことをミッションに掲げ、既存の観光地だけでなく未開発地域を新たな観光地に育てる地方創生型のエリアブランディング事業も手がけている。

ビジネスモデル 自社ホテル運営に加え、外部宿泊施設向けの経営DXプラットフォーム提供、宿泊施設の売買を仲介するファイナンシャル・アドバイザリー、エリアブランディング・観光プロモーションという4つの事業を組み合わせている。

状況 2026年9月2日、グローバル・ブレインを引受先とするシリーズAで、GMOベンチャーパートナーズ、デライト・ベンチャーズも参加し、総額約4億円を調達したと発表。代表取締役は中堀友督氏、CTOは三宅勇輝氏。オーバーツーリズムに悩む観光地が多い中、未開発地域への展開が実際に集客につながるかは今後の検証課題である(筆者注、複数の関連報道からの見立て)。 (公式: 10pct. / 出典: BRIDGE - ホテル運営の10pct.、約4億円調達 自社の経営システムを外部提供へ)

新ビジネスの潮流

AIの急速な普及に対する揺り戻しとして、米国では人と人とを対面で結びつける体験を作る「together tech(ともにいる技術)」と呼ばれる潮流が注目されている。代表例は、フィットネス機器Mirrorの創業者Brynn Putnam氏が立ち上げたBoardで、木目調フレームに24インチのタッチスクリーンを組み込み、専用の駒やカードを認識させることで、ボードゲームとテレビゲームの中間のような対面プレイ体験を提供する据え置き機である。2026年6月時点で全米の家庭・学校・病院・飲食店など数万台に導入され、Union Square Venturesなどから2000万ドルのシリーズAを調達済みである。同様に、自作の小型パソコン「サイバーデッキ」を組み立てる動きがSNSで人気を集めたり、対面での交流を仲介する友人作りアプリが都市展開を広げたりと、AIに何もかも任せるのではなく、あえて人の手や対面の場を残すサービスに資金と関心が集まっている。今回取り上げたBluecore EnergyやAtorie、10pct.がいずれもAI・データを事業の中核に据えているのとは対照的な潮流であり、「AI活用の深化」と「脱AI・対面回帰」という二極の動きが同時に進んでいる点が今週の特徴といえる。 (公式: Board / 出典: TechCrunch - The 'together tech' wave might be the most intriguing startup bet of 2026)